主体的であるとは、自分を基準に行動すること
バランスライフコーチの岩下玲子です。
本日は「うまくいく考え方シリーズ」第13回として、
「主体的である」というテーマについてお話ししてまいります。
この「主体的である」という言葉は、耳にされたことのある方も多いのではないでしょうか。
私が初めてこの言葉に触れたのは、『七つの習慣』を学んでいたときでした。
『七つの習慣』は、世界的に知られるベストセラーであり、著者であるスティーブン・R・コヴィー博士の考え方は、多くの国で翻訳され、広く親しまれています。
大人向けの書籍だけでなく、ティーン向けや子どもでも理解しやすい漫画版など、さまざまな形で展開されているのも特徴ですね。
この書籍の中では、成功している人々に共通する「七つの習慣」が紹介されています。
私の解釈では、「うまくいっている人はこの考え方を持っている」という本質が語られていると感じます。
その中の第一の習慣が、
「主体的である」という考え方です。
「主体的」という言葉は、日常でも使われる一般的な日本語ですが、 その意味を深く考えたことはあるでしょうか。
一般的には、周囲や他人に依存したり流されたりするのではなく、
自分の意思や考えの基づいて判断し行動することと捉えられています。
たとえば、
「マラソン大会に出たい」と自分で思ったから出場する。
そのために、自らランニングを始める。
これは誰かに言われたからではなく、
自分の意思で決めて行動している状態です。
このように、自分が主となり、意思決定をし、行動していく。
それが一般的に言われている「主体的である」という在り方です。
主体的とは「自分が源である」ということ
ただ、私はこの「主体的」という言葉には、
もう少し深い意味があると思っています。
それは、
自分がすべての源であるという考え方です。
単に自分で決めて行動するというだけでなく、
その選択の結果に対しても、自分が責任を持つということ。
つまり、
「自分で決める」ということは、
同時に「自分で引き受ける」ということでもあります。
自発的に行動すること。
自分を主として選択すること。
そして、その結果に対しても他人や環境のせいにするのではなく、
自分自身が受け止めていくこと。
そこまで含めて、私は「主体的である」と捉えています。
主体的に生きるということは、
自分の人生を自分で創っていくということでもあります。
日々の小さな選択の積み重ねが、未来を形づくっていきます。
主体的であるとは「結果の責任を引き受けること」
誰かに勧められて行動したとします。
その結果がうまくいかなかったとき、
「あの人が言ったからやったのに」
「あの人のせいでうまくいかなかった」
そのように感じてしまうことは、決して珍しいことではありません。
しかし私は、
その状態は主体的であるとは言えないと考えています。
なぜなら、最終的に「やる」と決めたのは自分自身だからです。
たとえきっかけが誰かからの助言であったとしても、
それを受け入れ、行動に移したのは自分です。
そして、もしその結果が思うようにいかなかったとしても、
その選択をしたのも自分である以上、
その結果に対する責任も自分にあるということになります。
これはいわゆる「原因と結果の法則」とも通じる考え方です。
自分が結果の側に立つのではなく、
自分が原因であるという視点を持つこと。
たとえば、
誰かに怒られて悲しい思いをしたとき、
「相手に怒られたから悲しい」と捉えるのか、
「自分の行動が原因で相手を怒らせてしまい、その結果として悲しさを感じている」と捉えるのか。
この視点の違いが、人生に大きな差を生みます。
すべての出来事に対して、
自分が源であり、自分が主体であると捉える。
この考え方は、非常に力強いものです。
他人を責めない思考が、結果を変える
主体的な考え方を持つと、
ある変化が起こります。
それは、他人を責めるという発想がなくなることです。
「あの人のせいで」
「環境が悪いから」
そのような言葉が出てくるときは、
自分が主体ではなく、外側に原因を置いている状態です。
しかし、主体的な視点に立つと、
すべての出来事に対して「自分にできたことは何か」という問いに変わります。
たとえば、
子どもが言ったことをやらなかったとき。
あるいは、部下が思うように動いてくれないとき。
つい「相手が悪い」と感じてしまうこともあるかもしれません。
けれども主体的に捉えるならば、
相手が行動したくなるような関わりができていたか。
相手の内側から「やりたい」と思える動機づけができていたか。
そのように、自分の関わり方に目を向けることになります。
人は本来、納得し、やりたいと感じたときに行動するものです。
無理に動かそうとしたり、強制したりしても、
内側からの意欲が生まれなければ、行動にはつながりにくくなります。
つまり、
相手が動かなかったという結果も、
自分の関わり方が影響している可能性があるということです。
ここまで引き受けることができたとき、
初めて本当の意味で主体的に生きていると言えるのではないでしょうか。
主体的に生きるということは、
一見すると責任が重く感じられるかもしれません。
しかしその本質は、
自分の人生を自分でコントロールできるという自由を手にすることでもあります。
すべてを自分ごととして捉えることで、
行動も、結果も、確実に変わっていきます。
主体的な選択が、次の行動と未来を変える
すべての出来事に対して、
自分の関わり方に責任を持つという視点に立つと、次に見えてくるものがあります。
それは、
「では、自分はこれからどう行動するのか」という問いです。
相手が動かなかったのであれば、
次はどのように関われば動きたくなるのか。
物事がうまくいかなかったのであれば、
どのようなアプローチであれば、より良い結果につながるのか。
このように、視点が「他人」から「自分の行動」へと移っていきます。
この思考を取り入れるだけで、人生は大きく変化していきます。
もちろん、最初は戸惑いや抵抗を感じることもあるかもしれません。
「なぜ自分がここまで責任を負わなければならないのか」
「どうしてこのような思いをしなければならないのか」
そのような感情が湧いてくることも、自然なことです。
しかし、その出来事や関係性も、
自分が選択した環境や関わりの中で生まれているものです。
その視点に立つことができたとき、
相手との関係性やコミュニケーションの質が変わり始めます。
そして何より、
次に自分が取る行動が変わっていきます。
どのような一歩を踏み出すのか。
どのような関わり方を選ぶのか。
その積み重ねが、未来を形づくっていきます。
主体的に生きるということは、決して楽な道ではありません。
時に負荷を感じることもあるでしょう。
けれども、それ以上に得られるものは大きく、
確実に人生を前に進める力となります。
私はこの考え方が、結果を変える土台になると確信しています。
そしてこの土台があってこそ、はじめて次のステップへと進むことができます。
『七つの習慣』においても、最初の「主体的である」という習慣が土台となり、
その上に第二、第三の習慣が積み重なっていきます。
だからこそ、この第一の習慣はとても重要です。
ぜひ日常の中で、主体的な選択を意識してみてください。
その一歩が、これからの人生を確実に変えていくはずです。